- 1投稿者:名捨て人 投稿日:2001/10/14(日)22:01:56
- よく一般の方は誤解されることが多い
ようですが、日本の少林寺拳法と中国
の少林拳というのはまったくと言っていいほど違うものです。
その実態はじつは日本の古流柔術をもとに様々な格闘技
の要素をとりいれて新たに創り出されたものだそうです。
- 159投稿者:検死 投稿日:2006/10/04(水)22:44:35
- 無銘 きもいからさ!!このレスから消えてくれない?だったら、やらなきゃいいじゃん。
- 160投稿者:あれからもう20年以上… 投稿日:2006/10/13(金)07:48:04
- >日本って武術やる前に心で負けてる気がする
事実であると思う。
少々長いが、昔話をしよう。
大学時代、僕は全空連、和同流空手の選手として、85年から91年まで、マサチューセッツ州、コロラド州との大会で5回優勝した。
公式戦だけでも50勝はしていると思う。負けた記憶などほとんど無い。
だが、ルール無しの普通のケンカをしたら、おそらく対戦した選手のうち10人にひとり程度にすら勝てなかっただろう。体躯も筋力も、おそらく実戦の場数も違うのだから。
そんな時に、僕に出来る事は「相手の顔に砂を浴びせて一目散に逃げる」事くらいだろう。ナイフや拳銃を出されないうちに…。
あくまで僕の「伝統派」の空手はスポーツ。「ルール無し」以前に、足場は板張りの床ではなく、広さも試合場とは全く違う。側には壁だってあるかもしれないし、相手以外の通行人だっているかもしれない。
その後、大学のワークスタディから、コロラドスプリングにあるエアフォースアカデミーで、格闘技教官のまねごとをする事になった。
「戦闘のプロに形だけブラックベルトの僕が何を教えられるものか…」初めはそう思った。
だが、以外にも、防具付きの組み手ですら、キックやフルコン出身の彼らは、小兵の僕から中々決定打を与えられなかった。どころか、易々とカウンタータイミングをとらせてしまうのだ。
遠慮をしているのかとも思ったが、彼らは大汗をかき、息も上がっている。
つまりこうだ。ルールとフィールドの広さが予め判っていれば、彼らの攻撃は、極めて直線的で、軍人ゆえの性格か、短期制圧を狙いに行くあまり予備動作が大きすぎるため、至極読みやすく、運動量も大きいのだ。
もちろん、それでも、僕が相手をダウンさせるには、かなりの手数を必要としたのは言うまでもないが…。
さて、とどのつまり、僕は大会で戦った選手や、彼ら軍人より強いのか?
答えは「ノー」だ。理由は、先ほど挙げたケンカの例の通り。
…少林寺拳法が強いか弱いか、本家少林寺と関係があるか。門外漢の僕には判らない。
しかし、断言出来るのは、たとえ少林拳そのものの練達が居たとしても、その技を十二分に生かせる状況が揃わなくては、その練達と同じ時間と量を「様々な状況での実戦」に費やしてきた荒事師には敵わない。
更に言えば、同じ時間を「殺人」のみに費やしてきた者には、なお敵わない。これに至っては、人間を殴る事どころか頃す事にすら、躊躇がないのだから…。
繰り返し言う通り、強い者の定義は、戦うフィールドとルールに依存される。余程、相手と資質(精神力、体躯も含む)と鍛錬の差が無い限り、それを覆す事は至難だ。
これは、少林拳初めとする、中国拳法全般も例外ではあるまい。
ただ、誤解しないで欲しいのは、僕は、中国拳法が弱いと言っているのではなく、中国拳法はその「フィールド」と「ルール」において、今日の格闘体系の中で比類無き懐の深さと広さを持っているのは、認めるところであるが、その制約がゼロには成り得ない、と言っているのである。
冒頭の引用部分(まあ、それも僕の短くない海外生活から見れば事実なのだが…)の僕自身での結論を言ってしまえば、平和に慣れきってしまい、迅速な判断力や、忍耐力を失った一般的な日本人では、最適な「ルール」と「フィールド」という庇護を失った、「何でもあり」のルールで同じ条件の外国人選手に勝てる道理はない。如何なる格闘技であっても、だ。
もし、同じ体躯で、同じ時間だけ「中国で」少林拳を修めた拳士と「日本で」修練した少林寺拳法の選手が、敢えて少林寺拳法のルールで試合をしたらどちらが勝つか…これは興味深い一戦になると僕は思う。
仮に、少林拳士が勝ったとして、それは本家少林寺での厳しい修練を耐え抜いた成果による物なのか、それともやはり少林拳が遙かに勝っていたということなのか…。
対して、少林寺拳法が勝ったならば、それは「ルール」と「フィールド」の庇護のおかげなのか、研鑽を積みながら日本人の精神的な甘さを克服出来たからなのか…。
あるいは、逆に庇護を取り払った状態でも少林寺拳法の選手が勝利するのであれば、少林寺拳法は、まさに少林拳を凌駕する実戦格闘技という事になるが、さて…
- 161投稿者:名捨て人 投稿日:2006/10/14(土)23:40:37
- 名捨て人ばか
放屁
- 162投稿者:名捨て人 投稿日:2006/10/30(月)11:03:58
- 私は少林寺をやっています。中国の少林寺のビデオを見ましたが、異なるものでした。しかしどちらもすごい技を使い少林寺はやっぱりスゴイ!!と思いました☆私は中国で本格的な少林寺を習ってみたいと思います(・・m。・。・・みなさんも中国の少林寺を見ることをお進めします!!!とても難しく、かっこいいのでぜひレンタルショップで借りてご覧ください。
- 163投稿者:YOU 投稿日:2006/12/10(日)11:47:07
- 俺も少林寺拳法やってるぜ!!
楽しい〜〜サイコ!!!
- 164投稿者:YOU 投稿日:2006/12/10(日)11:51:37
- やってると自分自身がちゃんとなれる↑↑って感じ!!!
- 165投稿者:YOU 投稿日:2006/12/10(日)11:54:14
- やってると自分自身がちゃんとなれる↑↑って感じ!!
- 166投稿者:名捨て人 投稿日:2006/12/10(日)22:06:25
- 少林寺拳法のHPには中国拳法とはどこにも載ってないぞ〜?
昔読んだ本には嵩山少林寺の何代目みたいなこと書いてあった様な気がするのは私だけでしょうか?
少林寺拳法は、1947年香川県多度津町において、宗道臣によって、人づくりの「行」として創始された独自の武道を手段とし、社会教育を目的とする団体です。「技」「教え」、そしてこれらを修練体系にした「「教育システム」によって、信念をもって行動できる人間を育て、もって平和で物心ともに豊かな社会の実現を目指したのです。この在り方は、多くの共感を呼び、日本はもとより世界に普及しました。しかも、流派はなく、世界に広まっています。つまり、少林寺拳法の「技」「教え」「教育システム」は世界中どこでも同じであり、世界で一つの少林寺拳法なのです。
http://www.shorinjikempo.or.jp/index.html より
- 167投稿者:名捨て人 投稿日:2007/12/23(日)12:42:50
- こんな私ですが、一応これでも大拳士五段です
少林寺拳法と中国の少林拳はまったくの別物です
開祖が嵩山で義和門拳二十一代師父の允可を受けられ、それをもとに日本の武道経験者達と作り替えたのが少林寺拳法です
ですので、少林拳をそのまま使っているそっくりの技もありますし、少林拳にはまったくない技もあるわけです
- 168投稿者:名捨て人 投稿日:2008/04/19(土)02:46:24
- 私は、少なくとも普段何もやってない人よりはアスリートの方が強いと思います。ちゃんとやってればね。
- 169投稿者:名捨て人@16年目で寿老人 投稿日:2015/07/24(金)02:13:02
- 最新の本に中国拳法と関係無いと書いている。
- 170投稿者:亞拳 投稿日:2016/02/12(金)15:33:00
- 167が書いている義和門拳の法脈継承のかんたんな儀式をして伝法の印可を受けたというのは全くのうそだったと証明されている。不動禅少林寺流拳法との裁判の時にね。
- 171投稿者:元拳士 投稿日:2019/05/17(金)06:09:56
- 始祖の宋道臣氏が大陸を巡って技比べしたのは本当のようだが、中国拳法の各種と比べてみた限り関係性は薄い。本人もより実践的で素早い効率的な体系にしたと語っている。
- 172投稿者:自分も元拳士 投稿日:2019/10/24(木)00:14:07
- 宗道臣氏が実際に中国武術を修行し、またどれ程体得していたのかは分からないけど、大昔の少林寺の機関誌で今でも記憶に残っている内容の記事がある。
それによると開祖・宗道臣の繰り出す突きは極めて強大で、その威力は大木の幹に拳がめり込む程だったという。
これを読んだ当時は単なる誇張という感想だったが、今思うのはこれはいわゆる「寸勁」ではないか?